http://business.nikkeibp.co.jp/article/topics/20080131/146046/
貼り付け:
突然の 「携帯官製不況」
有害サイト規制を義務化した総務省の拙速
青少年保護を目的に、総務省が「有害サイトアクセス制限」を義務づけた。
方法論が確立されない見切り発車に、「あまりに性急」との批判が相次ぐ。
携帯サービス市場の芽を摘み、コンテンツ立国への道が遠のく。
「災害時は携帯からのアクセスが中心になるはず。早急にアクセスできるようお願いしている」(埼玉県庁)。埼玉県が2007年11月に開設したサイト「埼玉県危機管理・災害情報」が思わぬ“災害”に遭遇し、対応に苦慮している。
携帯電話からアクセス可能なこのサイト上のサービスに、最近になって、携帯から接続できないとの報告が相次いだためだ。同サイトは楽天のブログサービスを利用している。埼玉県は楽天に改善を求めたが打開策は見えていない。一部の契約者からのアクセスを制限しているのが楽天ではなく、携帯キャリア(通信事業者)だからだ。
そのキャリアの表情も冴えない。「これからはグーグルのあらゆるサービスを携帯から利用できるようにしたい」。1月24日、NTTドコモの夏野剛執行役員は、米グーグルとの携帯向けサイトの提携会見で高らかに宣言した。ところが、グーグルの幹部がいる前で、こうも説明せざるを得なかった。「グーグルの検索サービスを使ったサイトを表示できない場合がある」。
自民党サイトもアウト
埼玉県庁を困惑させ、携帯のインターネット化を進めるドコモの表情を曇らせるもの。それは、携帯キャリアが未成年向けに提供している「有害サイトアクセス制限サービス」という名のフィルタリングサービスだ。
「iモード」や「Ezweb」など、携帯のネット接続サービスでコンテンツを閲覧する時にアクセスを制限する機能のことで、今年1月中旬から2月1日までに、携帯キャリア各社はこのサービスの加入対象を「希望者」から「未成年の契約者は原則加入」へと改定した。
フィルタリングは、出会い系サイトを介した売春や、ブログサイトでの誹謗中傷、いじめなど、いわゆる「有害サイト」と、そこを舞台に起きる犯罪から青少年を保護する仕組みとして、携帯キャリアが2003年から始めたサービスだ。有害サイトから子供を守る正義のサービス。しかし、具体的な方法論となると課題は山積している。
健全と言われる日記やブログ、掲示板などでも、誹謗中傷やいじめ、不適切な出会いなどが起きているためだ。これらのリスクを完全に排除しようとすると、広範囲にアクセスを制限するしかない。ブログなどの書き込みを1つずつ監視する行為は検閲に当たるために、携帯キャリアはサイトの良し悪しを個別に判断することを避け、「疑わしき分野」全体を制限対象とする基準を設定した。その結果、有害サイトアクセス制限サービスを申し込んだ加入者が、有害ではないサイトも見られなくなる珍現象が頻発している。
例えばNTTドコモは2月1日から、未成年の新規契約者には、原則として「公式サイト」以外のいわゆる「勝手サイト」のすべてへのアクセスを制限した。グーグルの検索で表示されるサイトは勝手サイトのため、その対象だ
さらに公式サイトでも「薬物」「アダルト」といった分野に加え、「出会い」の可能性のあるブログや掲示板、SNSなどの双方向コミュニケーションサイトが制限対象になる。埼玉県の災害情報サイトは楽天のブログサービスを利用しているため、アクセスできない。
勝手サイトの閲覧が可能なアクセス制限サービスのメニューも別途用意しているが、こちらも危険思想に触れる可能性があるという判断から、政党や宗教などのサイトが一律でアクセス禁止。現段階では、政権与党である自民党のサイトさえ閲覧できない。
総務省の密室主義に批判
フィルタリング精度の低さや認知度不足もあって、有害サイトのアクセス制限サービスは十分に普及しているとは言い難かった。電気通信事業者協会の調べでは、2007年9月時点のサービス利用者は約210万人。750万人と言われる18歳未満の携帯利用者の3分の1以下にとどまっている。
ところが昨年12月10日、総務省がキャリア各社に突如として「18歳未満の原則加入」を要請し、キャリア各社も急遽、原則加入に舵を切った。
すると、総務省への批判が沸き起こった。「コンテンツ事業者などに対するだまし討ち」(あるコンテンツ事業者)のような決定プロセスへの批判だ。「一緒に考えていこうと話したあの日は何だったのか」「これから議論しようというタイミングなのに、あまりにも唐突。議論を遮断する行為だ」。総務省が開く「インターネット上の違法・有害情報への対応に関する検討会」のメンバーであるコンテンツ事業者たちは総務省への不信感を口にする。
総務省は昨年11月末、携帯キャリアやコンテンツ事業者などで構成するこの検討会の第1回会合を開いたばかり。参加者はそこでフィルタリングに関する問題意識を共有したと感じていた。コンテンツ事業者の業界団体「モバイル・コンテンツ・フォーラム」では、有識者などで構成する健全なサイトを認定する、第三者機関を設ける準備も始めていた。その矢先に総務省が突如、「原則加入」の要請をしたのである。第2回の会合はもはや「検討」会ではなく、事後報告になっていた。
唐突な決定の背景には、政治家や警察庁などからの圧力が影響したとも噂される。「要請の直前には総務省に箝口令が敷かれ、関係する事業者は皆、情報を取れなくなっていた」(携帯電話業界の関係者)という。
コンテンツ事業者だけではない。全国高等学校PTA連合会の高橋正夫会長は、原則加入が決定した後の第2回会合に参考人として呼ばれ、初めて「総務省がフィルタリングの検討をしていることを知った」という。検討会には学校関係者がメンバーになっていなかった。高橋会長は「誰にどのようなフィルタリングをかけるべきなのか、私たち抜きでなぜ議論が進んでいたのか」と疑問を投げかける。
「出席予定だった(総務省の)課長がついこの間、更迭になりました。この問題と無関係とは思えない」
今年1月21日。フィルタリング問題に関する緊急フォーラムで、進行役の大学教授からこんな爆弾発言が飛び出した。人事異動は1月17日。フィルタリング問題を巡る混乱を受け、前課長が「飛ばされた」との認識を示したわけだ。総務省は日経ビジネスに対して「更迭などではない。前課長の異動先もステップアップと思える職場」とコメントしたが、「様々な議論があることは承知している」と話した。
こうした事業者や保護者の反発を受けて、NTTドコモは保護者がフィルタリングのルールを設定できる仕組みの構築を急いでいる。「1年以内に導入する計画」(辻村清行執行役員)だが、今春にも始まる「原則加入」には間に合わないため、混乱は避けられそうにない。
モバイルから逃げる広告主
総務省の性急とも言える決定の代償は、あまりにも大きい。まず、携帯コンテンツ向けの広告市場が冷える。携帯の広告市場は年間五百数十億円で、これから大きく成長すると見られている市場。やっと大手広告主が興味を持ち始めたところに、フィルタリング問題が冷や水を浴びせた格好だ。
「モバゲータウンの広告はどうなるのか」「酒販会社の清涼飲料水のキャンペーンは大丈夫か」。大手の広告代理店には、今年に入り、こんな問い合わせが相次いだ。「大手の広告主は企業イメージに敏感で、火中の栗を拾うようなことはしない。携帯サイトへの広告出稿が鈍化する可能性がある」(大手広告代理店のモバイル担当部長)。
携帯コンテンツ事業者は、その多くがアクセス制限の対象となるSNSなどのサービス事業者だ。フィルタリングによる規制で広告媒体としての価値が下がり、広告単価の下落は避けられないとこの代理店は見ている。
携帯コンテンツ事業者は大半がベンチャー企業。最大手と言われる、SNSサイト「モバゲータウン」運営会社のDeNAですら、2008年3月期の予想連結売上高は290億円に過ぎない。
それだけに、広告収入の減少は死活問題。そもそも、一連のフィルタリング騒動を受けて、携帯コンテンツ事業者はサイトの健全化を確保するための新規投資を余儀なくされている。
DeNAでは、サイト内の書き込み内容を24時間監視するスタッフを100人から300人へ増やす。自主監視の関連費用は年間10億円前後になると見られ、経営への影響は大きい。仮にフィルタリングの対象にならなくても、サイトの健全化投資は、コンテンツ事業者に重くのしかかる。減る広告収入と増加する健全化コスト。中小の事業者が干上がり、「儲からないビジネス」として新規参入も減るリスクがある
ケータイ小説にも逆風
携帯コンテンツ事業者が相次いで市場から撤退するなど「ケータイ不況」とも呼べる状況が訪れれば、総務省は失った物の大きさに気づくはずだ。コンテンツ立国を政策として掲げる日本で、「ケータイ発」のコンテンツはエンターテインメント業界で既に主役級の存在感がある。
その典型が、携帯用ホームページのサービス会社、魔法のiらんどのサイトで発表される素人作家のケータイ小説。閲覧者である女子中高校生などの共感を呼び、既に40タイトルが書籍化、累計販売部数は1000万部を超えた。とりわけ、恋愛小説の『恋空』は200万部の大ヒットを記録。2007年11月には映画化され、興行収入38億円の大成功を収めた。今年1月末にはCDも発売された。書籍、映画、音楽と、ケータイ小説は既存業種を潤す「富の源泉」になってきたのだ。
その魔法のiらんども勝手サイトで掲示板機能があるため、フィルタリングの規制対象。「掲示板の書き込みを読んで励まされたり、結末を考えたりする素人のケータイ作家が多い」(魔法のiらんど)。同サイトはパソコンからもアクセス可能だが、携帯からの書き込みが減れば、そのダイナミズムが大きくそがれてしまうだろう
「2001年から20人態勢でサイトをチェックし、不適切なホームページには是正を求めるなどの活動をしてきた。情報社会のマナーを啓蒙してきた結果、大幅に不適切な書き込みが減っていたところなのに」と、同社のスタッフは唇をかむ。
官製不況は従来、「建築基準法の改正」と「貸金業法の改正」が指摘されてきた。これに「携帯のフィルタリングの義務化」が加わり「官製不況の3K」となれば、株式市場で「日本売り」が加速する可能性が高い。
携帯サービス関連の市場規模は2006年で1兆円近いと見られ、今後、一気に拡大すると予想されてきた。有害サイト規制は必要だが、手法を間違えるとこの有望市場の競争力が低下し、コンテンツ立国を掲げたはずの日本は沈んでしまう。
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